1997年9月1日月曜日

絶好調の米国景気の脆弱な基盤

絶好調といわれてきた米国景気だが、さすがに最近はチラホラ懸念材料も見受けられるようになった。なかでも米国の株価水準については、バブルである疑いが強くなってきている。イギリスのエコノミスト誌が、この危険性を早くから指摘している。

つまり、株価は基本的に金利と期待収益率から決まるものだが、現在アメリカの長期金利や株式の債券に対するリスクプレミアムを考えれば、株式を保有することによる期待利益率は年率9%はなければならない。ところが現実には配当実績はそれ程大きくなく、その差はキャピタルゲインで埋めねばならない。そのためには実質企業収益すなわち生産性は年に4~5%は伸び続けねばならない計算になる。米国の生産性の上昇率は過去2・5%程度にしか過ぎないし、最近はさらに低下している。よって現在の株価水準は理論的にはどうにも説明できないというものである。

もちろん生産性の上昇率が低い場合でも、労働分配率を低下させることができれば、企業の取り分を相対的に大きくすることで、生産性の伸び以上に企業収益を伸ばすことが可能になる。現実にはまさしくこの現象が進行しているわけで、企業収益が上昇するなかで米国労働者の実質賃金は過去一貫して低下してきたのである。

しかし、常識で考えてもわかるように、労働分配率を永久に低下させ続けることはできない。いずれは限界に到達する。その時には、いよいよ株価水準の調整が起こる。

今般のUPSのパート労働者のストライキはアメリカ内外で識者の高い関心を集めた。星条旗をあしらったプラカードを持って訴えるパート労働者には国民的な共感と支援が集まったといわれる。現在の米国の好景気が、米国の比較的弱い立場の労働者の実質賃金の低下という犠牲の上になり立っていることへの、米国民のある種の後ろめたさのあらわれだったのかも知れない。

米国経済はいま、戦後で三番目の長い景気拡大を続けている。このロングラン景気の直接的な要因は、表面的な物価の安定にある。

戦後の米国景気循環を見ると、ほとんどの場合、失業率の低下、それに伴う賃金と物価の上昇、それに対処するための金融引き締めという過程を経て、景気は終焉を迎えている。今回は失業率の低下にもかかわらず物価上昇の気配はない。これがアメリカ経済は構造変化して今や「新しい時代」を迎えたという議論につながってきている。物価統計自体が経済実態を反映していないとの議論すらまかり通っている。しかし、いずれも多分に主観的な議論との感がいなめない。この主観がある日突然変わればどうなるのか。単位労働コストが上昇に転じていることをどう見ればよいのか。在庫の急増をどう見るか。株価の下落による逆資産効果はどうか。なかなか手放しに安心はできないと思う。

この大型景気は、ちょうどよい温度のスープにありついた童話の主人公の少女の名前から「ゴルディロックス経済」と呼ばれている。でもゴルディロックスとは、同時に、戦争直後、米国の援助物資とともに日本に渡来し、瞬く間に日本全土にはびこり、やがて急速に沈静化した帰化植物「セイタカアワダチソウ」の英名でもある。米国景気のソフトランディングを期待したい。

(橋本 尚幸)